2026.06.25
0.はじめに
私は工学部機械工学科に所属する学部4年生で、現在TotalSim Japanで学生インターンをしています。
学生フォーミュラで空力開発を担当していた時にTotalSim Japanより設計・解析に関するサポートを受けており、その縁がありインターンとして受け入れていただきました。
マネージャーやシニアエンジニアとの議論を通じて空力に関する知見を深めたり、プロジェクトへの参画を通じてエンジニアとして必要な能力を伸ばしたりすることを目標に取り組んでいます。
今回は複数条件下でのCFD解析を通じて、CFDで何を明らかにすることができるのか、また結果を有効に活用するためにはどのような見方・考え方が必要なのかを考察しました。
今回の内容を通じて感じたCFDの有用さと空力開発の難しさ・奥深さについて共有できればと思います。
1.概要
空力開発において数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamics)と風洞試験で生じる乖離とその原因について考察しました。
参照した論文が提示する風洞試験の結果とCFDの計算結果を比較しました。また、風洞試験において制約となることの多いモデルサイズの違いが流れに与える影響についても、CFDを用いて考察しました。
空力開発にあたっては、fig1の通り条件の影響でどのような違いが生じるかを事前に頭に入れておくことが重要だといえます。
fig1.記事内容のまとめ
2.背景と課題
現在自動車の空力開発においては、fig2に示すようにCFDと風洞実験の両方を活用する手法が主に用いられています。
2つの手法にはいずれも強みと制約が存在します。この両者を活用する上でfig2に示すような悩みが存在します。
fig2.CFDを活用した空力開発プロセス/CFDと風洞のメリット・デメリット/開発における悩み
そこで本記事では風洞環境を模擬したCFD解析を通じて、CFDと風洞の結果の違いについて検証します。
また、CFDで車両モデルサイズを変えて解析を行い、スケールの違いにより流れ場がどう異なるのかを検証します。
3.手法
今回の検証ではTotalSimグループのBramble CFDが開発するクラウドベースCFD「Bramble」を用いました。
fig3に解析条件をまとめました。
fig3.手法のまとめ
車両モデル
「DrivAer Model」は実車に近い形状の自動車ベンチマークモデルです。
本検証ではその中でもスポーツタイプを再現した「DrivAer hp-f」を使用しました(fig4)。DrivAer hp-fはノッチバックをベースに、スプリッターとカナード、ディフューザーが追加されています。また、リアにウィングが搭載されています。
本検証では35%モデルを基準としており、主要な寸法は以下の通りとなっています。
fig4.Drivaer hp-f model
解析環境
1.計算領域と境界条件
Cranfield Universityが実施した風洞試験に条件を合わせる形で条件の設定を行いました(fig6)。
風洞の影響を再現するために、風洞壁面を再現したサーフェイスメッシュを導入しました。
風洞領域内部の壁面にNo Slip、外部の壁面にSlipという境界条件を与えました。
また風洞壁の断面より外側にあるメッシュについては、細分化処理の過程で破棄することでセル数の削減を行いました。そのためfig6の風洞サーフェイスメッシュと計算領域の寸法は一致していません。
fig6.計算条件
壁面境界条件について:すべりなし(No Slip)条件とすべり(Slip)条件
すべりなし条件は実世界の壁面をモデル化した境界条件です。速度は壁面でゼロとなり、壁面近傍には速度境界層が形成されます。一方、すべり条件は壁面に摩擦力を与えない境界条件です。壁面にせん断応力がはたらかないため、主流と壁面の流速が等しくなります。今回の検証では風洞の領域外に対してすべり条件を与えることで、風洞入り口の上流で速度境界層が発達することを防ぎました。
2.サーフェイスメッシュ・レイヤーメッシュ
fig7に示した「基本設定」をベースにサーフェイスメッシュを作成しました。
スプリッターやリアウィング等は「詳細設定」を適用し、細かくメッシュをきりました。
fig7.サーフェイスメッシュ設定
3.ボリュームメッシュ
計算領域の基本分割数はx:96 y:32 z:16としました。
fig8に示すように車両近傍の空間メッシュを細分化しました。
レイヤーメッシュについては基本設定は2層とし、ウイング等境界層の挙動を特に再現したい部分は5層としました。
fig8.メッシュリファインメントボックス
計算結果の評価方法
fig9に示すように、力⇒車両表面圧⇒流れ場の順に結果の解析と考察を行います。
fig9.結果考察プロセス
①力
風洞試験で得られた空力係数(Cd値・Cl値)を基準にCFDで得られた値を評価します。
Cd値、Cl値はそれぞれ車体に発生する抵抗・揚力の値を無次元化した値のことを指します。
無次元化した値を使用することで、モデルスケールが異なる場合の評価を行えます。
②圧力場
fig10のように配置した圧力センサにより得られたリアウィンドウ表面圧力のデータと、CFDで得られたモデル表面圧力のデータを評価します。
圧力センサで取得した値を内挿計算で補間することでリアウィンドウ全体の圧力分布を取得しました。
内挿計算と圧力分布の表示はMATLABを用いました。
③流れ場
CpT(全圧係数)及びLIC(流線)を指標に流れ場を評価します。
実験ではfig10のように、車両後流の全圧係数が測定されました。
測定点は4.7mm間隔で39個配置されました。P1,P2,P3はfig10に示す座標に対応しています。
得られたデータは表面圧力と同様MATLABによる内挿計算で補完し、出力しました。
fig10.実験における後流計測位置
計算実行と考察の流れ
本検証では以下の手順で解析結果を比較し、考察しました。
- 35% CFD(RANS) vs. 35% Windtunnel:風洞とCFDの比較
- 35%(RANS) vs. 100%(RANS):スケールの違いが与える影響の考察
なお、100%モデルの解析を行う際は計算領域も同様に拡張しています。
これにより計算格子サイズ等もすべてスケール化されるようになっています。
100%スケールの計算領域およびMesh Refinement Boxの設定はtable1に示しました。
table1.100%スケール計算領域
4. 結果と考察
fig12に検証の結果と考察をまとめました。
fig12.結果と考察のまとめ
得られた数値をtable2にまとめました。
解析はTotalSim Japanが保有するサーバーを使用し、96コアで行いました。
table2.Cd値、Cl値の比較
計算結果から、これらのことが読み取れます:
- 今回のCFD計算結果は風洞試験に比べ、Cd値及びCl値が過小評価されている
- スケールを大きくしたCFDでは、元スケールと比較してCd値・Cl値が過大評価されている
DrivAer hp-fで生じる渦やウェイクの特徴をfig13に示します。
fig13.車両で生じるウェイク
風洞試験とCFDの比較
fig14に風洞試験と35%モデルCFDの表面圧力を比較したものを示しました。
CFDはリアウィンドウ上方部分の圧力を風洞試験に比べ高く見積もっています。
しかし表面圧力係数Cpを算出する際の参照圧力の値が異なると考えられるため、絶対値の比較には注意が必要です。
CFDでは計算領域に流入する自由流れの静圧を基準としています。風洞試験でも入口の風洞内壁で参照圧力をとることが適切と思われますが、今回は風洞外の大気圧が基準となっているため、オフセットが生じている可能性があります。
fig14.リアウィンドウ圧力係数の比較
続いて全圧係数CpTを用いた評価を行います。
CFDでは車両後方~0.4mでいまだに翼端渦が独立して残っています。ウェイクの消失が実験に比べて遅くなっていることがわかります。
また、後流領域全体を通じてCpTの低下が実験と比べ緩やかとなっています。
fig15.後流全圧係数の比較
35%スケールと100%スケールの比較
35%モデルCFDと100%モデルCFDの表面圧力の比較をfig16に示しました。
100%モデルのほうがリアウィンドウで生じる圧力が小さくなっています。
また、100%モデルのほうがリアウィングで生じる負圧が大きくなっています。
fig16.車両表面圧力の比較
続いて車両後方の全圧分布をfig17で比較します。
100%モデルのほうが35%モデルと比べ、車両後方で残留するウェイクのサイズが小さくなっています。
リアウィング前縁を断面として比較すると、リアウィング付近のCpT分布に大きな差がみられます。
100%モデルの方がリアウィングで生じる負圧が大きいことの要因に、100%モデルの方がリアウィング周辺のCpTが高いことが挙げられます。
100%モデルのほうがリアウィングによりエネルギーの高い空気が向かうため、リアウィングがより大きな負圧を発生させ、Cl値の増大に寄与していると考えられます。
fig17.車両後方全圧分布
乖離原因の考察と今後の展望
本検証で生じた乖離の原因として考えられることと、原因を特定するために検証が必要なことを以下にまとめました。
1.CFD vs風洞試験
①乱流のモデル化
CFDでは、乱流のうちメッシュサイズを下回る小さな渦構造についてモデル化を行い計算することが一般的です。
今回の計算では計算コストが低く、広く使用されているRANSモデルを使用しました。
RANSモデルは時間平均化して計算を行うモデルです。計算負荷が低い一方で本質的に非定常な剥離の挙動を捉えることが苦手となっています。
そのためCFDで乱流が絡むウェイクの挙動を正確に予測できなかった可能性があります。
この点に関してはLES、DESなど計算コストが高い手法で検証を行う必要があります。
②風洞モデル化の限界
今回基準とした風洞設備には境界層吸い込み装置が取り付けられています。
CFDでは境界層吸い込み装置を再現しておらず、床下の挙動が実験と計算で異なる可能性があります。
③風洞試験における計測の限界
風洞試験では一定間隔で圧力や全圧のデータを取得し、計測点間を補完する手法をとっています。
計測点の分解能と、測定機器の測定精度に限界があります。
そのため実験から得られたウェイクの情報も現実の挙動を完全に再現できているとはいえない部分があります。
CFD上で風洞試験と同様に座標点の圧力・全圧データを基に内挿計算をすることで、空間解像度の低さの影響を検証できると考えられます。
2. 35% CFD vs. 100% CFD
④レイノルズ数の違い
35%と100%ではtable3に示すようにレイノルズ数が異なります。
レイノルズ数は粘性力と慣性力の比をとった無次元数のことです。レイノルズ数が大きい方が粘性力に対して慣性力が支配的となります。
これにより、100%側で主流とウェイクの攪拌によるウェイクの消失がより顕著になった可能性があります。
| モデル | 代表長さ(ホイールベース)[m] | レイノルズ数 |
|---|---|---|
| 35% | 1.61 | 4.25×106 |
| 100% | 4.61 | 1.21×107 |
table3. レイノルズ数比較
⑤絶対長変更の影響
本検証ではモデルサイズの変更に合わせて格子長や計算領域をスケールアップしました。
そのため相対長さは維持される一方で、格子サイズや助走区間の絶対長さは合わなくなります。
100%モデルの方が格子サイズが大きくかつ助走区間が長いため、疑似拡散や境界層の発達が結果に影響を及ぼしている可能性があります。
5.結論
本記事では2つの検証を通じて、CFDと風洞で見られる流れ場の乖離とスケールの違いによる流れ場の相違について考察しました。
検証結果から乖離の原因として考えられる要素をピックアップしました。
これらの要素のうち、最も影響を及ぼしている要素を特定するためにはさらなる検証が必要であるといえます。
本検証を通じて、以下の学びを得ることができました。
①現実で起こっている流れを掴むことの難しさ
今回は風洞試験の結果を基準として解析結果を評価しましたが、風洞試験側も完全に現実の流れを再現しているとは言い難く、真値であるとは言い切れない部分があります。
CFD、風洞の両面から現実で起こっている流れにアプローチすることの難しさを実感しました。
②CFDと風洞の結果の違い
CFDと風洞の誤差を数%以内に収めるためには研究レベルでの検討が必要で、非 常に難しいことがわかりました。
今回は絶対値を基準に評価しましたが、車両にあたる風のヨー角を変化させたときの両者の相対誤差を評価するなど、評価基準を捉えなおす必要があるといえます。
③CFDと風洞試験を相互運用することの大切さ
これまで結果の違いについて言及を続けてきましたが、流れ場の大まかな特徴を、1時間という短時間の計算で捉えられたことは意義があるといえます。
CFDでは絶対的な精度を求めると計算コストがどんどんかさんでいきます。
コストパフォーマンスよくCFDを活用するためには、少ない計算コストで大まかな流れ場の特徴を掴んで解析するという視点も重要だといえます。
また、最終的に風洞試験と結果を照らし合わせることで、効果的な空力開発につながるのではないでしょうか。
6.まとめと今後の展望
今回はCFDを用いた複数の検証を通じて得られた空力開発において必要な知見を共有させていただきました。
ひとつの解析をベースに様々な条件振りを行い、結果の相違とその原因についてさまざまな角度から考察を行うことができました。
考察にあたっては先行研究で報告されている内容を参考にしたり、エンジニアと原理原則に立ち返って議論を行ったりして、より一層空力への知見を深めることができたと感じています。
また、結論の方向性を考える中で、実社会における開発では何が重要なのかという視点で物事を考えることができました。
今後の展望として、検証を通じて明らかにした自動車周辺の流れ場の特徴をベースに、より性能の高い形状について考察・提案することが挙げられます。
今回得られた知見を活かし、形状と流れについてより深く掘り下げて開発を行っていきます。





















